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生麦事件之顛末:町触一件之写
筆者不詳、日本・文久期頃〔1860年代〕
本書は、1863年に横浜へ来航したイギリス軍艦に関する記録をまとめた写本です。
背景となる「生麦事件」は、1862年9月14日、薩摩藩主・島津久光の行列に対し、イギリス商人チャールズ・レノックス・リチャードソンが馬を降りず道を譲らなかったことから、護衛によって斬殺された事件です。日本法上「斬り捨て御免」によって正当化される行為でしたが、イギリス側は強く反発し、莫大な賠償を要求しました。江戸幕府は一時的に衝突を避けるため、1863年5月9日にリチャードソンの死に対して10万ポンドの賠償金を支払うことで合意します。しかし、薩摩藩は追加の要求に応じなかったため、1863年8月には「薩英戦争」が勃発しました。戦争は薩摩側が勝利を主張しつつも、最終的には一部の賠償を行う形で終結します。
本写本には、1863年2月23日から4月5日の間に作成された、イギリス艦隊横浜来航に関する4通の公式文書の写しが収録されています。
本書は四つ目綴じ(袋綴じ様式)の和本で、全4丁の完本です。表紙は後補で、やや折れや汚れが見られ、本文の紙面にも一部シミや摩耗があります。大きさは縦25センチ、横17.4センチです。